テーマ: 「さし木ひのき」について
「さし木ひのき」について
柴山 善一郎(高知大学農学部)
連絡先:shiba@fs.kochi-u.ac.jp


 わたくしは、林業現場の目線から「さし木ひのき」について若干の関わりを持ち、大学でお仕事をさせていただいております。

 ここでは、篤林家とくりんかによって選抜育成された「さし木ひのき」について2、3のクローン・ヒノキとそれらに関わった人々について簡明にご紹介申し上げます。

 みなさまもよくご存じの通り、ヒノキは我が国できわめて重要な樹種の一つです。伊勢神宮をはじめ日本の歴史的な建築物にはひのきが主に用いられています。

 ひのきは香りも良く、耐久性があり高級感漂う貴重な樹種です。

 これまで、我が国ではヒノキ人工林ではヒノキの母樹ぼじゅに実ったタネを採取してタネからつくる苗木、すなわち実生苗みしょうなえを山に植えてきました。スギでは実生苗が主流ですが、特に九州ではさし木により苗木が殖やされてきました。400を超える数多くの在来品種が篤林家などの手によって育成されてきました。その一方で、ヒノキではさし木はできないというのが支配的な考えでした。現在でも林家も含めて一般の人々にさし木ひのきの存在が広く知られているわけではありません。

ところが、今から50年ほどさかのぼる昭和30年夏「さし木ひのき」熊本県阿蘇地方ちほう高森町たかもりちょうにある南郷谷なんごうだに宮島寛みやじまひろし・九大名誉教授(当時:九大助手)により発見され、そのことが世に広く知られて当時大きな話題を呼びました。それまではさし木(樹木から枝葉をとって、土にさして根を出させて苗木を造るやり方です)によってひのきを増殖する方法は難しいと考えられていましたので、さし木ひのき・ナンゴウヒ発見は画期的な事だったのです。そのナンゴウヒは数代にわたり繰り返され植林されたものだと分かりました。

  しかしながら、宮島寛・九大名誉教授によるナンゴウヒの大発見にもかかわらず、不思議なことにその後さし木ヒノキが全国的に普及しなかったようです。それ以降でも熊本などでは着実にさし木ひのき植林が進められていったようです。

 そのナンゴウヒの親木高森阿蘇神社たかもりあそじんじゃにご神木として大切にお祀りされています。その親木とその樹幹形じゅかんけい枝張やえだばりの写真とその由緒を書いた看板も併せてご覧下さい。



 このご神木は推定400年を超えていますが、樹皮はしっかりとしており、葉は青々と茂っています。

 現在、ナンゴウヒはクローンの数が増えて32ほどあるようです。ナンゴウヒは歴史も古く、その原木げんぼくが市場で売買されています。ナンゴウヒ植林についてご覧下さい。それらの写真をご覧下さい。

 現在では、官民一体になってナンゴウヒ研究会(宮島寛・九大名誉教授は技術顧問としてその中心的な存在です)を年1回開催して、研究者や林業関係者を含めて100名以上のみなさま方が集まり、林業振興のために精力的にその普及活動を行っておられます。その中心的な役割を担っておられる研究機関が熊本県林業研究指導所です。ここには優れた研究者が大勢揃っています。

 さて、目を熊本県以外に転じますと、九州の熊本に次いでクローン・ヒノキの種類が多いのは、四国の愛媛県ではないかと思います。

 ここでは、昭和50年代中頃に神光桧かみこうひ(1998年10月までは「上光かみこう2号桧または上高かみこう2号桧とよばれていました)が選抜育成されました。それは上長成長が旺盛で通直性つうちょくせい(幹が真っ直ぐしていること)が高いことから、北海道や沖縄を除く全国に2,000万本以上普及して植林され、先進的な林家に人気のあるクローンと言われています。

 その一方、さし木のことが一般林家にはほとんど知られていなかった時代-昭和40年-に、愛媛県久万高原町くまこうげんちょう(当時:くまちょう久万町)のある篤林家とくりんかがさし木ひのきの育成を思い立ち、タネから作る苗-実生苗-が常識であった時代に独自の視点でさし木苗-東山ひがしやま1号桧-の育成に成功しています。これはヒノキ伐採木ばっさいぼくから選抜育成されており、画期的な出来事です。
東山1号桧母樹(2001年時点 37年生)
↑林業界の「レオナルド・ダ・ヴィンチ」の石田多美雄先生(左)と 小倉文明先生(右:東山1号桧選抜育成者)
通直、真円、枝張りの均整がとれ,根元の形状が特徴的です
ひのき(45年生)伐採木から選抜育成された画期的な品種です
東山1号桧母樹の枝葉の繁り 東山1号桧母樹の枝葉の繁り


 それを選抜したときの篤林家の目線が興味深いのでそれを簡明にご紹介します。

 樹齢45年生ヒノキ伐採木の中で、伐採木ばっさいぼくの切り口-心材色(美しい桃色)-が美しく、根元ねもとの形状が良く、樹幹も真っ直ぐしていることに注目して、「このような木ならさし木の方法で増やして、自分の山にも植えてみたい」と思い立ちました。その倒されている木の梢から2m下に着生している枝葉を数十本採りました。その穂を挿してさし木ひのきの育成に見事に成功したのです。本当に素晴らしいことです。

 この篤林家はナンゴウヒのことを知らずに自分なりの目線で数種のさし木ひのきの育成に成功しています。そのうち、何と言っても画期的なものは平成13年に選抜育成された百年桧ひゃくねんひです。これには天然生てんねんせい(タネなどが地面に落ちて自然の力で育った)ヒノキりんの中から100年を超えるとおもわれる思われる古木こぼくのヒノキ(樹高20m)から地上10m以上もの高さに着生している枝葉を採取し、その穂を用いてさし木の育成に成功しています。

 現在でもさし木ひのきの存在は一般的ではないのですから、次々に新しいクローン・ヒノキを選抜育成できる眼力とそれをきちんと育て上げる技術力は本当に素晴らしいの一言に尽きます。


 それらの選抜育成に共同で関わった篤林家とくりんか(わたしが林業界の「レオナルド・ダ・ヴィンチ」と尊敬する石田多美雄いしだたみお先生と小倉文明おぐらぶんめい先生)をご紹介します。

 その親木とさし木ひのきが苗畑で育成されている写真などと併せて、展示用ポット苗を造っていただきましたのでそれらもご覧下さい。

 最後に不思議なご縁で高知大学が関わりを持ちまして育成されたクローンをご紹介したいと思います。

 ヒノキが自生じせいできる北限は福島県阿武隈山地と言われています。その北限をはるかに超えた岩手県遠野とおの地方由来のヒノキです。このクローンは、サワラの性質を一部に持つ珍しいものです。その写真をご覧下さい。


 さし木ひのきは現在でも林家には一般に広く知られているわけではありません。

 しかしながら、わたくしは今後ともさし木ひのきを一つの契機として、林業の再生にいくらかでも寄与できるようにと仕事を地道に進めていきたいと考えております。

 みなさまにはヒノキ林がさし木苗から造ることが出来ることをお分かり頂ければ幸いです。



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